足元が照らす道
僕がまだ幼い頃、母親がよく言っていた言葉がある。
「靴が綺麗な人は格好良いに」
子供ながらに、へぇそうなんだと思った僕はそれを聞いてから足元に注目するようになった。
小学生になりサッカーを始めた僕は、練習と同じくらいスパイク磨きに熱中した。その頃はエントリーモデルの合皮のスパイクにしか手が届かず、大人向けのカンガルー革を使用したモデルにずっと憧れていた。合皮のものしか持っていないのに、本を読んで勉強したり、スポーツショップ店員の話を聞いたりして、カンガルー革のスパイクを磨くイメージトレーニングをしていた。
高校生になるとスパイク磨きに興味を持つチームメイトも出てきた。一生懸命だけど不器用で上手く磨けない人がいる一方で、全く手入れをせず状態の悪いスパイクを使っても試合で活躍する人もいた。そういう人には少し嫉妬心もあった。ただ、僕のスパイクは誰よりも長持ちした。それはちょっとした自慢だった。
社会人になって初めて、良い革靴を買った。入社した時の自己紹介文に趣味は靴磨きと書いた。それについて誰からも反応は無かったが、同期が書いた動物と話せる特技というのはウケが良かった。革靴の手入れはスパイクよりも繊細な作業が必要で、より面白かった。それに、きちんと手入れを続ければ一生履ける靴になる、というのも魅力的だった。
ある日そんな話をしたら、靴磨きに興味を持ってくれる人が現れた。
彼女が持っている靴の種類の話や、どんな道具を揃えたら良いか、どうやって磨いたら良いか、など色んな話をした。そんな時間がとても楽しかった。上野公園で遊んでいる時、流しの靴磨き屋に磨いてもらったりしたこともあった。
彼女は最近、一生履ける靴を手に入れた。この靴と一緒にどんな人生を歩んでいくのだろうか。楽しい道だといいね、そんなことを思いながら、僕は革張りの靴底に保革用クリームを丁寧に塗った。